南洋を駆け抜けた夢〜山崎栄治郎        

南洋立志牧畜合資会社創立事務所2
山崎栄治郎  (やまざき えいじろう)
明治4(1871)年〜昭和30(1955)年
 

山崎栄治郎は、明治4(1871)年現在の愛媛県八幡浜市川上町川名津に生まれる。同29(1896)年、渡豪した西予市三瓶町の友人を頼り、シンガポール経由でオーストラリア西部のブルームへ上陸。真珠採取のダイバーの仕事をきっかけに、陸上勤務を得て数年後には、日本人向け宿泊施設「ヤマザキハウス」や「山崎商店」経営に携わる。仲間たちと設立した「西豪州牧畜貯蓄株式会社」や「愛媛合資銀行」も順調で、最盛期8000人もの日本人が在住したといわれる40(1907)年頃、ブルーム日本人会の顔役になる。

明治42(1909)年にはシンガポールに移り、ビーチロードの「日本ホテル」を皮切りに、ミドルストリートに日本人初の書店「山崎(後.好文館)書店」やハイヤー会社「いろは自動車」など相次いでオープンさせた。マレー半島側では、わずか500エーカーの土地から始めたジョホール洲スンゲイ・ディラムの「愛媛ゴム園」は、開墾4年目の大正9(1920)年、三井三菱等財閥系企業以外では最大規模のプランテーションへ成長した。大農園主となった後も、日本の委任統治領で南洋庁のあったパラオ・コロールを中心に幅広く事業を展開したが、日本の敗戦により「南洋への夢」は断ち切られた。

なお、山崎栄治郎は、私で10代目になる宇和島田部家の8代目に関わる人物であり、私の母・田部智子(平成21年没)の実祖父、私からは曾祖父に当たる。

〖資料提供:清水 正氏 三瀬玉枝氏〗

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好文館書店といろは自動車【187ー189 Middle St, Singapore. 大正7(1918)年頃】

昭和館展示中!
○好文館書店発行 「南洋総覧」「シンガポール名所絵葉書」 
○スンゲイ・ディラムのゴム・プランテーション(写真)

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