宇和島映画館物語 8

第8回 キリン館

同館の歴史は古く、旧須賀川大橋のたもとに、映画館が「活動常設館」といわれた時代の大正12(1923)年3月に開設された。昭和20(1945)年、7月28日深夜から29日にかけての焼夷弾爆撃により、朝日町一帯は火の海と化して「娯楽の殿堂」は全焼した。戦後いち早く24年(1949)に再建されたものの、戦前の威風堂々たる洋風建築と違い、粗末なバラック建てであった。

同40(1965)年頃、主に大映映画封切館であり、勝新と雷蔵で“カツライス”と愛称されたが大映二枚看板による最強番組が、相次いで上映された。私好みは現代劇のクールな田宮二郎だった。ときには、アンチメジャーだった「新東宝」「大蔵」などの不良性感度を高める作品群もかけられた。

劇場左角のキリン食堂に並んだ数軒の屋台で、ラーメンかチャンポンを食べて帰るのが、映画を見た後の楽しみだった。大映倒産にともない、昭和45(1970)年4月に幕を閉じた。

現在地:御幸町2-5-1 清岡眼科 撮影:昭和47(1972)年

戦後のキリン館6    キリン館8-8

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