移り変わる町並み 恵美須町界隈 3

15 御幸橋の恵美須町仮装隊【和霊町 昭和28(1953)年頃】

名称未設定 1-3 写真提供:谷本博紀氏

和霊神社の大鳥居を背景に、仮装した恵美須町商店街の人たちの記念撮影。戦後初めて開催された商工会議所春の商工祭のようすで、「戎組」の火消しと芸者衆の扮装が恵美須町の演し物だった。和霊神社へ参拝する御幸橋(みゆきばし)は昔は平橋(ひらはし)であったが、須賀川が氾濫するたびに流されるので、元治(げんじ)元(1864)年、反橋(そりはし 中央が上方にふくらんでいる橋)を独自に考案し造営したと伝えられる。もっとも、写真の反橋は、昭和7(1932)年須賀川が付け替えられているので、その創設当時のものではないが。

16 恵美須町商店街【恵美須町 昭和30(1955)年頃】

谷本文具前 修正3 写真提供:杉山 宏氏

駅前通りから恵美須町(1丁目)商店街へかけての通り。恵美須町商店街入口右角に位置する宇和島自動車恵美須町営業所は、追手通り(現本町追手)にあった同自動車本社によく似たモルタル造りの木造建築。「いとや百貨店」の横断幕がかかっている右手辺りに同百貨店があり、もともと井上糸店といって、糸やボタン、刺しゅう用品などを扱う大店であった。同様に「いとや」ののぼり旗が揺れている駅前通りの緑地部分(道路左側)も、今とはだいぶ雰囲気がちがう。夕闇せまる頃になると、当時この辺りにはおでんなどの屋台が立ち並び、酔客の足を止めていた。

17 恵美須町の谷本書店角【恵美須町 昭和30(1955)年頃】

谷本書店3 写真提供:谷本博紀氏

店前で女児を抱く「谷本書店」のご主人が立つ店の前の歩道は、碁盤状デザインで舗装されている。郷愁を誘うタイル張りのタバコ販売コーナーが四つ角にある谷本は、書籍と文房具が充実した品揃えだった。袋町1丁目の「キング堂書店」と並んで、恵美須町の谷本は宇和島銀天街(現きさいやロード)の顔ともいえる老舗書店だったが、いずれの店も今はない。市内の書店は他市同様大型チェーン店ばかりで、唯一この当時からあるのは駅前南側商店街の「岩崎書店」、まさに孤軍奮闘している。

18 恵美須町仮装隊【中央町 昭和32(1957)年頃】

銀馬車の綾さんえええええ

袋町を練り歩く第5回商工祭に参加した恵美須町商店街の仮装隊。ハッピには「戎町」と書かれている。プラカードにある「鏡山奥庭段 岩藤お初」は歌舞伎狂言の演目で、歌舞伎の仮装や芸妓(げいこ)さんの行列も当時は華やかだった。一番先頭で踊っている女装した男性を見ると、戦後おかまさんホステスの草分け「銀馬車のあやさん」を思い出す。昭和30年代、ヒゲの濃い顔にまっ白い白粉(おしろい)、日本髪のカツラに着物姿で駅前通りをしゃなりしゃなりと歩いていた。

19 宇和島バスのネオンサイン【恵美須町 昭和35(1960)年頃】

名称未設定 17-3宇和島自動車恵美須町営業所の2階部分の電飾看板は、夜間にはネオン管でつくられたバスの車輪がチカチカ光り、あたかもバスが走っているように見える「すぐれもの」。昭和31(1956)年に設置され、宇和島名所として映画にも登場した。同41(1966)年宇和島で初めての交通信号機が営業所前に設置されることになり、通行の妨げになるためネオンは撤去された。42(1967)年から宇和島自動車の営業の中心は、中央町の「バスセンター」に移っている。

20 映画『南海の狼火』の恵美須町ロケ【昭和35(1960)年7月】

名称未設定丸常2-66 写真提供:中川 潤氏

日活映画『南海の狼火』ロケに使われた丸常洋品店。「安心して買える皆様の店 丸常洋品店」の看板と「下着の魅惑 トリコットランジェリー」などキャッチ・コピーが並んでいる。ウィンドー・ショッピングする3人の女性はこの場面では登場しないが、映画のヒロイン・浅丘ルリ子の友だちの海女(あま)という設定だった。ほかにも、丸之内パチンコや谷本書店などの映像が本篇に流れた。

南海 ニッタ洋品店3

同じく恵美須町のニッタ洋品店前で祭りを見る、堀恭子、浅丘ルリ子、白木マリ、小林旭(左から)。本編では、この後旭は別れも告げずに内港から船出して、追ってきたルリ子は内港桟橋で涙で佇む。ニッタの新田晴雄さんは商店街連盟の7代目会長として昭和42(1967)年から10年間にわたり奔走した。宇和島ロケした映画は戦後に限っても10数本あるが、全編宇和島ロケといえるのはこの作品だけであり、当時を知る風俗・歴史資料としても稀少価値が高い。

21 和霊大祭の恵美須町【昭和35(1960)年7月】

みこし-3 まつり恵美須町-4

紅白幕がかけられているところが、恵美須町の「えびすや」角、その右手が「玉六玩具店」。神輿の上をハチマキ、ハッピ姿の半裸の男が立ち、神輿をかつぐ恵美須町の男たちのハッピには「戎町」と染め抜かれている。恵美須町の神輿の後には、新橋通りの女性たちの踊りの列が続いている。それにしても、今では考えられないような大勢の祭り見物の人たちが沿道を埋めつくしている。この年4月には、市制40周年記念の第8回商工みなと祭りが行なわれ、大いに賑わった。

 

 

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