宇和島を愛した映画美術監督   浜田辰雄


濱田辰雄自宅玄関?
浜田辰雄 (はまだ たつお 映画美術監督)
  明治40(1907)年〜昭和58(1983)年

浜田辰雄は、戦前から戦後にかけて活躍した松竹映画の美術第一人者である。生涯200本以上の作品に美術監督として関わり、なかでも小津安二郎・渋谷実・大庭秀雄など巨匠監督を影で支え続けた。昭和初期の映画は美大出の若い才能による功績が大きく、東京美校(現.東京芸大)卒の浜田はその筆頭であり、昭和22(1947)年「映画技術協会」の設立など映画スタッフの地位向上にも努めた。

父親が事業を展開した北朝鮮のハムギョンナムド生まれ。母親の出身地であり叔母の在住した第二の故郷宇和島へは数回訪れており、天神町の木彫家・河野一水との交流は有名。南予が舞台の映画『てんやわんや』を通じて二人は交流を結び、同作品には河野作「牛鬼一刀彫り」が登場している。

昭和57(1982)年2月「えひめ 人 その風土」は、浜田の人生と愛媛との強いつながりにスポットを当てたテレビ愛媛の好番組であった。平成26(2014)年3月まで、東京国立フィルムセンターで開催された展覧会「小津安二郎の図像学」では、小津映画の厳格な造形を担った職人美術監督としての業績が、今回初めて紹介され注目を集めた。

昭和57(1982)年2月「えひめ 人 その風土」は、浜田の人生と愛媛との強いつながりにスポットを当てたテレビ愛媛の好番組であった。平成26(2014)年3月まで、東京国立フィルムセンターで開催された展覧会「小津安二郎の図像学」では、小津映画の厳格な造形を担った職人美術監督としての業績が、今回初めて紹介され注目を集めた。

昭和館展示中!

○映画『てんやわんや』などスナップ写真、プライベート写真 ○浜田氏制作の絵画・俳句など

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