移り変わる町並み 宇和島駅と駅前通界隈5

30 雪に大はしゃぎの子どもたち【錦町 昭和34年(1959)年頃】

駅前緑地帯雪の中で遊ぶ子どもたち44 写真提供:清家元徳氏

雪の積った駅前の緑地帯で楽しそうに遊ぶ子どもたち。当時は今より雪がよく積もり、白銀の世界がどこでも見られた。もちろん、宇和島地域では、一般にスキーやスケートといった気のきいたウインタースポーツはなく、雪合戦や雪ダルマづくりに、雪ぞりなど、昔は自分たちで工夫してよく遊んだものである。屋外で遊ぶ子どもたちは、最近めっきり見かけなくなった。背景は入船靴店など整然とした町並みの駅前商店街、ここから右方向に歩くと宇和島駅へ。

31 駅前広場のバラ園【恵美須町・錦町 昭和34年(1959)年】

%e3%83%90%e3%83%a9%e5%9c%92%e3%80%80%e9%a7%85%e5%89%8d%e5%ba%83%e5%a0%b4-99昭和30年代初め、だだっ広いだけの宇和島駅前は、商店、土産物屋、住宅がポツポツ立っており、他は何もなく殺風景そのもの。「宇和島の表玄関としては貧しすぎる」と駅員が乗降客の旅情を慰めるため、バラ園(写真左下)を考案した。当時の乗降客は1日平均約7000人程度でほとんど勤め人だったが、かつぎ屋※が200人ほどいたという。畑枝川に面した駅北側は商店街らしき体裁が整いつつあったが、店舗の下は暗渠となっていた。

※食料などを生産地から担いできて売る人。特に第2次大戦後の昭和20年代は、統制物資を地方から都市へ運んで財をなした人が多い。

32 昭和30年代の駅前の緑地帯【錦町 昭和35年(1960)頃】

4冨士屋前の緑地曽我一美3 駅前緑地帯3
写真提供:曽我一美氏 清家元徳氏

昭和32(1957)年、駅前通りは道幅36mの道路に7.5mの緑地帯を設けた。とはいえ、写真のように柵の中は雑草が生い茂っただけの貧弱さで、現在のワシントンヤシはもっとずっと後の時代になる。左の写真は、着物姿の少女の背景にさつきタクシーや香川相互銀行(現香川銀行)宇和島支店などが連なる駅前南側商店街。昭和20(1945)年の敗戦後しばらくは、この南側だけが商店や旅館のある通りであった。右の写真はもう少し駅寄りで、かどや食堂前付近の緑地帯である。

33 岸信介氏を迎える中川市長【錦町 昭和35(1960)年頃】

岸首相を迎える中川市長(駅)45駅舎前で、当時の中川千代治市長と談笑する参院選で来宇した自民党総裁岸信介(のぶすけ)。右から3人目には中川氏同様市長を勤めた山本友一氏(16代、18代〜20代 山本公一現環境大臣の父)の姿も見える。同年、60年安保で辞任した後も岸氏を支え続けたのは、衆議院議員今松治郎※であった。後方の掲示板に旅行案内があるが、団体旅行ブームを受けて、日本旅行会(日本旅行)宇和島営業所が駅舎のかたわらにオープンしたのもこの頃。

※今松治郎(いままつ じろう) 1898〜1967 宇和島市三間町出身。和歌山、静岡の県知事、初代総理府総務長官、自民党愛媛県連会長などの要職を歴任。元内閣総理大臣の森喜朗は今松の元秘書。清廉潔白で誰からも愛された氏を称えた「今松治郎銅像」が、宇和島市三間支所前にある。

34 無煙化実現へ !【錦町 昭和35(1960)年4月】

国鉄無煙化4国鉄時代、動力近代化計画が打ち出され、蒸気機関車からディーゼルカーに変わった。駅舎の屋根部分には「無煙化実現」と書かれた幕が張られ、その上は日の丸や万国旗で装飾されている。蒸気機関車の不快な煙から解放されることから「無煙化」といわれた。昭和35(1960)年4月の商工みなと祭りには、大勢の見物人が駅前広場に押し寄せた。実際の無煙化は、江川崎までの宇和島線が昭和43(1968)年10月1日、四国全線の無煙化が同45(1970)年4月1日であった。

35 あざやかな広告塔の駅前のグリーンベルト【恵美須町・錦町 昭和35(1960)年4月9日】

十戒9−999駅前大通りの緑地帯に、マルゲキで公開された話題のスペクタル映画「十戒」の広告と合わせて、◯に八の字の市章、「市制40周年」の大きな立て看板や「清酒菊美ど里」「明治キャラメル」のネオン看板も目立っている。市制40周年記念の第8回商工みなと祭りは、昭和35(1960)年4月9日と10日に行なわれた。写真右端には、宇和島バスの恵美須町営業所が立看板の間から見え隠れしている。この通り(駅前南商店街)にアーケードができたのは昭和42(1967)年1月だった。

36 ほろ酔い気分で果物を売る老人【錦町 昭和37(1962)年頃】

駅前?果物を売る老人4駅前の畑枝川の橋の前で、酒瓶と湯のみをそばに置いてほろ酔い気分で果物を売っている老人。右側に立っている男性は、二眼レフの高級そうなカメラを首にぶら下げており、被写体としてこのおじさんを狙ったのかも。現在この付近は「駅前憩いの広場」と呼ばれる小公園に。橋の向こうの人目ひく横長の和風建築は「えびすや旅館」。その左手にはバス駐車場を兼ねた宇和島自動車(株)の駅前案内所があった。

37 宇和島自動車(株)恵美須町営業所【恵美須町 昭和41(1966)年頃】%e9%a7%85%e5%89%8d%e9%80%9a%e3%80%80%e6%81%b5%e7%be%8e%e9%a0%88%e7%94%ba%e5%96%b6%e6%a5%ad%e6%89%804宇和島自動車のバスが、恵美須町営業所に到着しようとしているところ。恵美須町のアカタマ(元山下百貨店)ビルから見下ろした同営業所は、ネオン灯のある2階がスタッフの宿舎、1階左手のサテライトでは、アナウンス嬢が宿毛(高知県)行きバスの出発を告げていた。横断歩道の白線と交通信号機が目に入るので、ネオン灯が撤去される直前と思われる。営業所前は、昭和30(1955)年頃に比べると緑地の整備が進んでいる。

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